今回の懐かしカタログは昭和30年のトヨペット マスターです。
トヨペット マスターはクラウンRSと同時に
昭和30年1月1日に発売を開始しました。
乗用車のクラウンに対してマスターはタクシー向けとされていました。
トヨタ自体が開発・生産を行ったクラウンでしたが
マスターは関東自動車工業が開発・生産をしました。
型式はRR型、発売価格はクラウンより10万円安かったそうです。
表紙です。
二枚折りの簡易カタログです。
真っ赤な屋根のツートーンカラーのボデー。
左右ともフェンダーミラーは無いようです。
フロントガラスは1枚もの。
クラウンと違ってドアは観音開きになっていません。


室内と計器盤まわり、ダッシュボードの様子。
前後とも3人掛けのベンチシート。乗車定員は6人。
細身のステアリングホイール。計器類は中央寄りに配置されています。

搭載されているエンジン
R型 1,453cc 水冷4サイクル直列4気筒 OHV
最大出力 48馬力
最大トルク 10,0kg-m
最高速度 100km/h
燃料タンク容量 41,6L(11ガロン)
ウイッシュボーン式の前輪独立懸架を採用したクラウンですが
マスターは前後とも、半楕円型の板ばねを、前後とも各5枚使用した
固定車軸となっていました。
これは当時の劣悪の道路事情の為で
タクシーとして酷使される事を想定してのものです。

前進3段のトランスミッションはリモート・コントロール式。
シンクロメッシュ付きでした。
デフアレンシアル(ディファレンシャル)は国産で初めてハイポイド・ギヤを採用。
スプリングは前後とも5枚ばね。ショック・アブソーバーを併用しています。

裏面は仕様書

タクシー向けに作られたマスターでしたが
乗用車のクラウンが耐久性に優れ、乗り心地や操縦性も良好だった為に
タクシー業界もクラウンを選ぶようになりました。
その影響でマスターの販売は不振になって翌年の11月30日で
販売を終了しました。
あっけなく短命に終わったマスターでしたが
その生産設備は商用車マスターラインの生産に使用されました。
トヨペット マスターはクラウンRSと同時に
昭和30年1月1日に発売を開始しました。
乗用車のクラウンに対してマスターはタクシー向けとされていました。
トヨタ自体が開発・生産を行ったクラウンでしたが
マスターは関東自動車工業が開発・生産をしました。
型式はRR型、発売価格はクラウンより10万円安かったそうです。
表紙です。
二枚折りの簡易カタログです。
真っ赤な屋根のツートーンカラーのボデー。
左右ともフェンダーミラーは無いようです。
フロントガラスは1枚もの。
クラウンと違ってドアは観音開きになっていません。


室内と計器盤まわり、ダッシュボードの様子。
前後とも3人掛けのベンチシート。乗車定員は6人。
細身のステアリングホイール。計器類は中央寄りに配置されています。

搭載されているエンジン
R型 1,453cc 水冷4サイクル直列4気筒 OHV
最大出力 48馬力
最大トルク 10,0kg-m
最高速度 100km/h
燃料タンク容量 41,6L(11ガロン)
ウイッシュボーン式の前輪独立懸架を採用したクラウンですが
マスターは前後とも、半楕円型の板ばねを、前後とも各5枚使用した
固定車軸となっていました。
これは当時の劣悪の道路事情の為で
タクシーとして酷使される事を想定してのものです。

前進3段のトランスミッションはリモート・コントロール式。
シンクロメッシュ付きでした。
デフアレンシアル(ディファレンシャル)は国産で初めてハイポイド・ギヤを採用。
スプリングは前後とも5枚ばね。ショック・アブソーバーを併用しています。

裏面は仕様書

タクシー向けに作られたマスターでしたが
乗用車のクラウンが耐久性に優れ、乗り心地や操縦性も良好だった為に
タクシー業界もクラウンを選ぶようになりました。
その影響でマスターの販売は不振になって翌年の11月30日で
販売を終了しました。
あっけなく短命に終わったマスターでしたが
その生産設備は商用車マスターラインの生産に使用されました。
コメント
コメント一覧 (2)
昭和33年生まれ物心ついた頃はすでにカーキチ小僧でしたが、当時マスターの実車を見た記憶はありません。それほどあっという間に消えたようです。
近所の大工さんがマスターと同じ顔のスタウトを使っていた記憶はあります。
旧車カタログ館 管理人
が
しました
コメント有難うございます。
そうですか。本当に短い期間だけだったのですね。
余った?マスターの部品は小型トラックにも流用されたようで。
すなわち後のスタウトですね。
旧車カタログ館 管理人
が
しました